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2008年9月29日 (月)

片腕     川端康成

片腕

川端康成

     

    孤独な夜の幻想

フェチ・・・というのかな。女性の右片腕を借りてきて自分の部屋で自分の腕と付け替えて一夜を過ごす幻想的な小説だ。
「眠れる美女」もそうだが、起承転結がないのでどこまでも続きそうな物語を終結させるには物語の対象を殺すしかない。
この物語も、ネタバレしてしまうが、女性のふくよかな片腕の脈が事切れそうな暗示で終わる。
極端なことをいってしまうが、日本文化の脈々と続いているように思われる。源氏物語に婚礼だったか儀式を描写した場面が長々と続くところがある。また、黒澤明監督の「乱」など美しい様式にこだわった、絵巻のような映画がある。そして川端の、ダイナミックな物語の展開をそっちのけにして、言葉の表現に入れ込んでいる。エロスを捕らえるために極限的な追究をした描写力に鑑賞者は心服するということになるらしい。
本作品もまた詩である。川端はメッセンジャーとしては、日本の伝統文化の擁護者らしい振る舞いをしているが、じつは表現(レトリック)の前衛、革命家である。
現代詩は読むのに疲れる。言い慣らした慣例的な表現を避け、表現のオリジナリティのみで作品を構築しているから。川端の小説群もまた同様で、ストーリーを追うだけの読書法では物足りないのである。センテンスセンテンス、パラグラフパラグラフをいちいち噛みしめることが川端文学の鑑賞法なので、短編ながら読了するのに時間がかかってしまう。しかも再読を要求する。

「眠れる美女」は彼の豊富な性交渉体験が成した業、と安易な空想に走ってしまいがちだが、「片腕」はもちろんそんな空想ももたげてくるが、それを超越した「幻想」とまでいえる空想力による異界の構築物だ。そして死をもってしないと物語りは締めくくれない。
それにしても孤独だ。たくさんの女性たちと性交渉しても酷く孤独だ。

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