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2009年1月17日 (土)

酒とサイコロの日々    鷺沢萠

酒とサイコロの日々

鷺沢萠

新潮社 新潮文庫
平成15(1998)年3月1日発行

この作品は1993年10月 双葉社より刊行
1997年から98年 「週刊大衆」(双葉社)「酒とサイコロの日々」
        「近代麻雀」(竹書房)に「チョンボくんのこと」連載

   麻雀を知らなくてもガラの悪さに耐えられる人なら楽しめる活劇

驚いたのは、鷺沢萠が麻雀にハマっていたからではない。作中に頻繁に出てくる登場人物が解説を書いていたことだ。
安藤満、作中ではみちゅるくんは麻雀のプロであって文士ではなかったはず。麻雀を知らない私には、その道では有名人かもしれないが、あまりリアルではなかった。その方が、ドラマの終わったあと、解説者として登場するなんて「やっぱり実在してたんだぁ」と多少の衝撃があったのだ。このような方に作文させるなんて編集者も相当の豪腕とお見受けする。
その方をネットでサーチすると2004年3月27日にガンで死亡とのこと。1989年発病以後、闘病しながらの活躍だったという。そんな本物の雀士たちに取り巻かれて育てられていた鷺沢もみちゅるくんを追うように4月11日に首を吊ってしまった。悲しいことだ。博奕と酒に縋りつかねばならないほど、文筆という営為は辛く苦しく、そして孤独にさいなまれるものだったのだ。
それにしても、ガラの悪さ、活き活きとした描写はどうだ! 天より賦与された才能と、その採掘に命懸けだったサギサワの、読者には愉快な、彼女には修羅場が現出していて、私のような麻雀に無知な者にも充分に楽しめた!

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2009年1月11日 (日)

スリルはちょっぴりでいいの     真藤怜

「夜の職員室 女教師」

真藤怜

幻冬舎アウトロー文庫

平成17(2005)年610日初版

457円

シリーズ5冊目。真藤怜のデビューとなったシリーズである。

この作品への期待はもちろんHな世界に浸れるかどうかということである。頭がしびれるような気分にまでは引き入れられることはなかったが、ほのぼのとしたところまでは連れて行ってもらったような気がする。

個人的には男性作家の描くハードなこの手の分野は苦手だ。面白いとは感じられないのだ。たいがいが犯罪者が中心になるので、こちらは犯罪者に感情移入しなければならない。それが不愉快なのだ。

 それに対し、女性作家の場合は、現在のところ、犯罪者が中心になることはない。「犯罪者」というより暴力者というべきなのだろう。それは男の本能というものなのだろうか。

 私は男だが、犯罪的行為には共鳴できない。女性作家の場合は日常人の駆け引きが主となるのではないか。それで安心してHな世界に没入できるのである。

 さて、本作品では、犯罪の代わりの危うい仕掛けを次々と登場させてくれる。心地よい気分になれ、幸せな睡魔がそこには保証されるのである。

 職員室や保健室での性行為は不謹慎かもしれないが、犯罪ではない。この程度のスリリングさで十分と思うか、不足と思うか。性行為の描写もあまりグロテスクではない。それで十分と思うか、不足と思うか・・・。

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2009年1月 5日 (月)

みずうみ       川端康成

みずうみ

川端康成
新潮文庫
昭和35年(1960年)12月25日発行
平成4年(1992年)1月10日53刷
280円

昭和30年(1955年)4月新潮社より刊行
「みづうみ」

    悪魔のような天使

教科書に掲載されている「伊豆の踊り子」くらいしか知らない者が、他の作品を少しでも読むと驚いてしまうのではないか。川端文学がこんなにもHなものだったとは、と。
しかし、初期の作品から娼婦が描かれ、川端文学の源流であることが分かる。妻や恋人の枠を外れて、不特定の女性たちとの性交渉をモチーフにしているのは一見ふしだらである。それなのに川端文学には後ろめたさが感じられない。それは背景の時代性なのか、温もりに渇望していたということなのか。
「みづうみ」に登場する桃井銀平もまた、なんの罪悪感を抱くことなく欲望のおもむくまま美少女たちに執着する。現代感覚からすれば銀平はストーカーである。ストーカーもまた自分の行為になんら異常性を感じることがないという。こんな己の行為に無反省で病的な性癖を展開する作品はとても読めないという人もいるだろう。けれどその陰湿さが場合によって優しさの視点にもなる。美少女への執心は時には向日的に、時には陰湿に表出される。「伊豆の踊り子」や「掌の小説」にそれが結実される。
モチーフだけを読めばとてもまともではないが、場面転換の仕方がおもしろいし、巧みである。ほとんど気まぐれに転じているように見えるがやがて一点に集約されていく。そしてシュールな妄想描写、十八番の非常に密度の濃い比喩表現にはやはり感服する。この比喩表現技法は現代詩の真骨頂である。それが小説で展開していることがなにやら妙な気分になる。詩は読者そっちのけの巧妙緻密な表現の世界といえる。小説はその対極にあるとまでは言わないが、文体的には分かりやすいものではなかったのか。「悪魔のような天使」私にはそう思われた。
表題になった「みずうみ」は主人公銀平が幼少のころ住んでいた近くにあったもので、たびたび回想される。ストーカー銀平誕生の秘話が読み取れるところである。

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