1.人間とは人格?欲望!
欲望とは人間の悲しい性(さが)である。自分勝手な欲望ながら、ひたむきに追い求めようとする者を見ると、自分を忘れて手を差し伸べてあげたくなる。
対照的に欲望にギラつかず清楚な生活をしている人を見ると、すがすがしく思え、心のゆとりが感じられる。
人間は根源で掻き立てられた欲望を満足させようとして、それが中和されるまで行動し続ける。欲望は自然に沸き起こるだけでなく、外部の作用によって煽り立てられるものである。欲望に満足するまでは心は一途になっていてゆとりなどない。それが許せるときもあれば、許しがたいときもある。
人間の生のエネルギーとは欲望である。人間とはすなわち欲望そのものである。
2.豊かさとはやっぱり大量消費のことか
いまでも「豊かさ」とは贅沢・浪費ができることだと素直に認めよう。それができないから悔し紛れに、ナチュラルな、手作りだらけの生活を自慢しているのだ。高級車に乗れないから、自分で整備したボロな愛車を自慢する。高級料理が食べられないから、自分で料理するのが趣味なる。しかも家庭菜園ものだゾって。たくさんの人間を動かすことができないから、小さな家族の団欒を幸せと思い込む。
豊かさとは他人と同等になることだと思っている大勢の人々。職場に着ていく服装や車が貧相だから貧乏だと思われている少数の人々がいる。同じ給料をもらっているのにどうしてそんな錯覚を抱かれてしまうのか?彼らは趣味に極端にお金を注いでいて、その一点で贅沢をしているのだ。どちらが豊かでどちらが貧しいのか。
食べきれないほど料理を出すホテルで忘年会をしようと主張する人はもう少数派になってきている。多数の人々はそんなことはご免だと思っている。さっさと家族や恋人といっしょにいたいと思うのだ。けれど浪費を自戒するようになったのではない。キャンプするわけでもないのにRV車を乗り回したりしているのだから。
日本では、つい昨日まで「豊かさ」とは周辺と同じことができることだと思っていたフシがある。車やテレビや庭がなくても、ようするに収入が少なくても貧乏ではないということがある、ということがようやく認識され始めている。
3.〈個人の自律〉
現代の社会でもっとも必要と思われる「倫理」とはどのようなものか?〈個人の自律〉だ。集団行動を重視してきたおかげで、近代においていかにたくさんのあやまちを繰り返してきたことか。
企業を内部告発した人物が以来長い年月、村八分同様の不当な労働環境に置かれていたことが訴訟によって報道にさらされたことがあった。集団においては内部告発した者が犯罪者なのだ。
会社や職場の人間たちやお客の気持ちを先取り的に察することを薦める人生訓話が日本人の集まるところに溢れかえっている。気の利かない人間は「ジコチュウ」だと罵られる。
「個人行動はいけません。何事も組織的にやるべきです」といまだにまことしやかに説教する「上司」。その組織のやってきたことといえば、失敗したにもかかわらず何度も繰り返す才気のなさ。個人を重視することは無政府状態に陥ることではない。
しかし個人の権利の主張には、おおらかな「個人の解放」というよりも、身勝手さが目にあまる場合が増えている。次世代のための環境保護など未来のために、自分の所属している集団や個人の利益を越えた自律精神が大切なものと思える。
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