ブラックバスがメダカを食う 秋月岩魚
宝島社文庫
648円
2001年3月10日発行
わたしは2005年の一年間、ブラックバスという外来種を駆除すべき活動として、「リリースしないで食べよう」という運動を行ってきたが、この種の問題では駆け出しである。行動が先行したが、今後、「駆除派」「擁護派」と呼ばれている人々の著書や資料を読んでいこうと思っている。手始めに読んだのが本書である。
2005年6月に外来種生物法が施行されたので、古くなってしまった箇所もあるが、問題提起書として欠かせない基本書である。
最初は日本の食糧問題の解決策の研究として移植されたブラックバスが近年、アメリカ型の釣りレジャーの対象になって以来、爆発的に国内の湖沼河川に繁殖しだした。そのため在来種の絶滅が危惧され、生態系を保守する立場から猛烈な(必死な)批判が繰り出される。その代表作が本書である。
一ジャーナリストの取り組みとして、かなり多角的に論及しているが孤軍奮闘の限界もみえそうである。けれど逆に個人としてできる最大限の成果が示されているともいえる。
自然豊かなふるさと(山形県)で育った著者がふるさと=日本の自然を愛し、生態系を破壊する外来種に危機感を持ち、ひいては無神経に外来種を移植する「輩」を弾劾する。
捕食性悪食のブラックバスが日本の小魚を壊滅的に食べつくす。
「そんな危険な魚をよくも国内に持ち込み、湖沼のことごとくに密放流をしたものだ、それは自己中心的な、犯罪的な行為である」
こんな憤りが伝わってくる。
「古きよき自然を大切にすること」
この考えに昨今、反対する者はいないだろう。日本のすべての自然が傍若無人な「一般大衆」から荒らされ放題なのは事実だ。
野生の楽園、地元のほんの少数のものしか踏み入らなかった秘密の宝庫がレジャーや商業主義によって踏みにじられている。
著者の取り組みが「こまった頑固親父」レベルで批判されないことを願う。
それにしても「資源の少ない日本」という認識は誰もが持っている。
そもそも、この日本にさまざまな人種が移住し、日本人そのものが外来種であることまでは認識されているのだろうか。
移住とともに持ち込まれた生物、植物もある。日本犬とはいったいいつごろからのものをいうのか。大陸犬の混血をして日本犬といっているのだ。
日本人の魂であるお米もまた外来種である。冬の野菜としてなくてはならない白菜は明治に中国から移植されたものだ。
原料を輸入し加工して製品化するのが日本人の生き方である。経済水域を獲得するために岩礁をコンクリートで固めたものを島といってはばからない「東京都小笠原村沖ノ鳥島 」・・・。
もはや日本列島そのものが人工島といっておかしくはない。古代の原風景からすればかなり自然の風景も変わってきており、それを生きるために受け入れもしてきたのが日本人である。
移住、移植によってじつは日本という国は発生し成り立ってきた。
イワナやヤマメよりもブラックバスのほうが繁殖力旺盛なのであれば、近い将来の食糧危機に備えて移植保存しておくのもひょっとして悪いことではない、といえなくもないのではないか?
外来種駆除運動はまさに尊皇攘夷のごとし。幕末の志士のような純粋ながら激しい使命感で世直しを図ろうとする、その意気やよしとするも、さらなる視野の拡大を外来種問題においても望みたい。
ワニやピラニア、毒蜘蛛などはもちろん論を待たずに拡大は阻止しなければならないが、ブラックバスを同種と見るか、違うものなのか、よく見極めなければならないだろう。
間近に見れば、楽しみを与えてくれる楽しい魚。ちょっと視野を広げれば生態系破壊の魔魚。けれどもっと視野を拡大してみれば・・・どうなるのだろう?
尊皇攘夷の志士たちも維新以後は文明開化に180度、路線を変えたではないか。
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